美味しい食材を美味しくいただくこと。日本の田舎で暮らすナンシー・シングルトン・八須さんの台所へ
現代を自分らしく生きる女性たちにフォーカスし、彼女たちの仕事や生活についてインタビュー!特集第二弾は、執筆家、フードジャーナリスト、幼稚園「サニーサイド・アップ!」の主宰など、食に関する幅広い分野で活躍されているアメリカ人女性、ナンシー・シングルトン・八須さん。自宅のすてきなキッチンにお邪魔してお話を伺いました。
アメリカ・カリフォルニア州出身のナンシーさん。名門スタンフォード大学を卒業されてから1988年の夏に来日。その後埼玉県で農業を営む八須理明(ただあき)さんのもとに嫁ぎ、日本の田舎での生活が始まりました。
八須家のある神川町は、のどかな田園風景が広がりどこか懐かしさを感じられる場所。自宅は昔ながらの佇まいが魅力的な日本家屋。庭では2匹の愛らしい真っ黒なラブラドール・レトリバーがじゃれ合っています。
玄関ののれんをくぐるととてもすてきなダイニングが広がっています。高い梁天井の下には、大きなマラカイトの天板がアイコニックな美しいアイランド型キッチン。憧れの八須家の台所を目の前にして、思わずうっとりしてしまいました。
ナンシーさんは日本に来る前から寿司が大好きだったそう。日本への興味関心から、縁あって埼玉で英語教師の職に就きます。その当時生徒だった理明さんと出会い、来日から約1年半後に二人は結婚。そんなナンシーさんは農家の妻、そして3人の子供達の母親という顔を持ちながら、“食”に関するさまざまな仕事を精力的にされています。
まず田舎について思うことをお聞きしたところ、アメリカも日本の田舎もそんなに変わらないよ、とナンシーさん。都会のように人が多くなく、とても便利。だから田舎が好きなのだとか。
そんなナンシーさんのお仕事について、皆さんも気になっているのではないでしょうか。まずは2001年に開設、自然の環境の中で英語を使って子どもたちを育てる幼稚園「サニーサイド・アップ!」について伺いました。
最初は子どもたちと一緒に畑を作るGarden Projectをはじめました。3、4年ほど続けてみましたが、なかなか難しかったですね。途中から執筆の仕事も忙しくなり、そのプロジェクトを断念しました。
そして毎日給食を作っているのですが、使う野菜は自分で作ったものか、または自然農法を実践する須賀利治(すかとしはる)さんのものがメイン。とても美味しいから、子どもたちも喜んで食べていますよ。もちろん肉や魚も使います。
食事の準備をしている時から、子どもたちは「Smells good!」「What are you cooking?」などと会話しながらとても嬉しそう。料理は作りながら楽しむもの。匂いや音を感じながらね。一緒に缶詰のトマトを刻んだり、ジャガイモやタマネギの皮むきなどもしますよ、とナンシーさんは語ります。
豊かな環境のもとで手塩に掛けて育てられた美味しい食材を使い、食すること。幼い頃から“味わう”ことの大切さを自然と身につけられそうです。ナンシーさんは幼稚園で時間を過ごすことが多いのだとか。子どもたちを見ながら、同じ部屋で執筆のお仕事もされているのです!
1冊目の著作“Japanese Farm Food”(2012)、そして“Preserving the Japanese way”(2015)、“Japan: The Cookbook”(2018)など、ナンシーさんの執筆された書籍は、世界中で食に携わる人々のバイブルとなっています。続いて、書くことについてのお話を伺いました。
日本食レシピもですが、食材の生産者やメーカーさんを紹介することが多いです。食材に関して、私は自分が本当に良いと思っているものしか使いません。正直、日本の食材は中途半端なものが多いと思っています。
日本人でも、例えば醤油、味噌、もろみなどの違いがわかっていない人も多いでしょう?海外の人たちも日本の食にすごく興味を持っているけれど、全てを理解するのはすごく難しいです。私は美味しい食材のことを理解したいから、作り手のもとに行ってできるだけお話しを聞くようにしたいのです。
工場や畑などを見学して、その雰囲気を肌で感じたい。例えば見学に行ってみて、家族で一生懸命ものを作っていたり、伝統を大切にしていたりと、そういうことを見るだけでも違います。料理は心がないと美味しくできないのと同じで、良い食材は心で理解できると考えています、とナンシーさん。
今まさに執筆されているという4冊目の作品についても少し教えていただいたところ、土地に根付く昔ながらの商店などを紹介されているのだそうです。良いものがなくならないようにという想いを込めて、そして多くの人々にそれを伝えるべくナンシーさんは執筆活動をされています。
そんなナンシーさんが仕事で大切にされていることは、“Honesty”。素直に、まっすぐ向き合うことだそうです。
仕事は全て食に関することなので、まず本当に美味しいものしか食べたくない!そして美味しいことはとても大切。幼稚園でも毎日一生懸命やりたいですし、子どもたちはのびのび、毎日良くなってほしいと思っています、と暖かい眼差しで語ってくださいました。
一方生活で大切にされていることについてもお聞きしたところ、生活はあまり上手にできていないよ、と屈託ない笑顔を見せながらお話ししてくださったナンシーさん。
自分の子どもたちに関してはホームスクールを選択し、幼い頃からなるべく多くの時間を一緒に過ごすようにしました。出版の仕事が増えてからは忙しくなり、毎日食事を作ることもできなくなったりと悪いママだったかもしれない。けれど、自分にできることのリミットをちゃんと考えて自分を許してあげることが大切。仕事と生活の調整は誰だって難しいものですから。
家族を持ちながら働く女性にとって、家庭と仕事の両立はとても難しいもの。どちらも100パーセントでやろうと思うと、負荷がかかりバランスが崩れてしまいます。忙しい日々の中で、時に自分を許してあげることがいかに大切か、はっとさせられました。そんなナンシーさんに、日々の暮らしをより良くするアイデアについてお聞きしてみました。
毎日朝から晩までで、自分のできることにゴールを決めてあげることでしょうか。例えば私は夕食は毎日作るようにと決めています。そのために献立は早めに、できれば朝から考えておきます。毎日仕事に出ている人は、週末から決めておくべきですね。食材がないと何も作れないでしょう?そうやって余裕を持っていないと、料理が嫌いになってしまいます。
あとは食材が良ければ料理もより楽しくなります。良い野菜は美味しく、腐りにくいですしとても便利です。できるだけその日にある食材を使い、冷凍保存をうまく活用すると良いでしょう、とナンシーさん。
また、個人商店に足を運ぶ楽しみも教えてくださいました。例えば魚屋さんや乾物屋さんに行った時、どの食材をどの料理に使えば一番美味しくなるか彼らはよく知っています。彼らと会話することはとても楽しいし、嬉しい!スーパーマーケットではできないからね。この街の人はすごく大切。だからこの街が好きです。
そう語るナンシーさんを見ながらあらためて“食”について考えた時、私たちはどれだけそれと向き合えているのだろうと感じました。便利すぎる現代社会。いつでもどこでも簡単に食事ができて、食材の味に目を向けることも生産者の想いに触れることも、ほとんどないのではないでしょうか。
私たちが暮らす日本の美味しいものを美味しくいただく。このシンプルな考えを、より多くの方に知っていただければ嬉しいです。ナンシーさんの著書、そして活動についてはウェブサイトよりぜひチェックしてみてくださいね。
今回はナンシー・シングルトン・八須さんへのインタビューでした。次回もお楽しみに!
記事は取材当時のものです。