本と人の間に息づく物語を、もう一度綴じ直す。「空想製本屋」本間あずささん
東京の西にある、小さな本屋兼ギャラリーで出会った一冊の本が忘れられませんでした。まるで、紙が生きて呼吸をしているかのような本。手に取った本が「生きている」かのように感じたのは、これが初めての体験でした。
「空想製本屋」が手がける、この『庭の本』シリーズは、“移ろう季節を本に閉じ込めたい”という思いから生まれました。
春の表紙には椿の花、綴じ糸には桜の枝が、染色のために使われています。夏の表紙には藍、綴じ糸にはローズマリーとミント。秋は柿渋。冬はビワの葉。それぞれ、その季節に最盛期を迎える植物です。
頁をめくると、千年、何百年と受け継がれてきた四季の俳句や短歌、現代詩が並びます。現代のめまぐるしい生活の中で忘れかけていた感覚をふっと呼び起こさせるような、みずみずしい言葉たちです。
「モノとしての本とは何か、という原点に立ち返ったとき、植物のように土から生まれてやがて土へと還っていく、そんな一冊を形にしたいと思いました」
空想製本屋の本間あずささんはそう話します。
昔から植物が好きだったという本間さんは、季節の草木や花を眺めたり、触れたりしたときに身体が喜ぶようなその感覚を、「手製本」を通して伝えることができるのではないかと考えました。
全て手しごとで作られる手製本は、機械的に商品としての装丁を施された書籍とはまた違った、「物語を綴じ込める容れ物」なのだと本間さんは話します。
本間さんが「製本」に興味を持ったのは、大学時代のことでした。
ヨーロッパでは、中世から「製本工芸」と呼ばれる技術が受け継がれています。本がまだ貴重で高価だった頃、人々は「仮綴じ本」や「未綴じ本」と呼ばれる紙の束を簡易に綴じた本を購入していました。その中から自分のお気に入りの本だけを製本家に「製本」してもらい、大切に手元に置いていたというその風習に、本間さんはとても感銘を受けたといいます。
「私たちの日常の中に、製本工芸の文化のような豊かな本との関係を育みたい」
そう強く思うようになった本間さんは、それから製本工芸を学び、卒業して就職してからも「製本家としての思いを実現させて、それを仕事にしていきたい」という思いを持ち続けていました。
そして2010年、その人だけの大切な一冊を仕立てる「空想製本屋」として独立します。
「大切な本と人の間には物語があります。その物語を引き出して、その人だけの一冊の形に仕立て直すのが、私の仕事です」
空想製本屋のお客さんは、これまでの人生でもっとも大切な一冊を持って本間さんのもとを訪れます。本間さんがまず行うのは、その人の本に対する思いを聞き取ること。用意した質問用紙に本とのエピソードや思いを手書きで回答してもらい、思いの詰まった回答用紙を、小さな本の形に製本するところから始めます。
お客さんが持ってくる本は、大切な人から受け継いで装丁がぼろぼろになってしまったものから、比較的新しい本まで、多種多様なのだそうです。
やがて、同じ本を読んでも胸を打たれる一文が人によって違うように、人の数だけ違う本の形が見えてきます。そんな本と人との間にある物語に向き合いながら、本間さんは一度その本をバラバラにしてから糸で綴じ直し、長い時間をかけて新しい本に仕立て直していくのです。
「個人が自由に本の形を考える」というヨーロッパの風習は、本を大量生産しなければならない「商業出版」が主流だったこれまでの日本にはないものでした。けれども、出版不況だと言われているのに巷に本が溢れているこの時代だからこそ、私たちがもう一度本に向き合うことは必要なのかもしれないと思えてきます。
空想製本屋では、本の仕立て直しのほか、ウェディングブックや自費出版の写真集、詩集など、「新しい本」を仕立てる依頼も多いそうです。全てを手作業で製本するため、部数はそれほど多くなく、一版あたり2部から10部程度。
東京都小金井市にあるアトリエでは製本教室やワークショップも行われ、自分でも製本をしてみることで本との関係を見つめ直す人も多いのだとか。
「針と糸を使って紙を綴じていくのが、手製本の醍醐味です。子どもたちにもその面白さを知ってもらって、本の奥深さを感じてもらえたら」
そう言って本間さんが見せてくれたのは、一冊の本が多様な立体に姿を変える、見たことのない手製本でした。子どもたちは自由な発想でここから色んな形を生み出すそうです。
本の中には、人の物語が生きている。そのことを知ったとき、一冊の本は私たちの人生に寄り添ってくれる大切な存在へと姿を変えていくはずです。
【オープンアトリエ開催日】
日時 2/24(日)11:00〜19:00
3/30(土)、31(日)11:00〜19:00
場所 東京都小金井市東町4丁目
(アクセス JR中央線「東小金井」駅より徒歩11分、または西武多摩川線「新小金井」駅より徒歩1分)
記事は取材当時のものです。