伝統の色を守ることで、人々に笑顔を咲かせたい。上羽絵惣の「胡粉ネイル」

上羽絵惣 胡粉ネイル

 

京都の繁華街を少し離れた路地、そこには歴史を感じさせる商店や専門店が想像以上に並んでいて驚きました。歴史ある街だという風情は文化財だけではなく、街角にも漂っているものなのですね。そんな京都の一角にある、創業はなんと1751年から267年続いているという日本最古の絵具商「上羽絵惣」にお邪魔してきました。

 

この伝統の色を守る絵具商が、いま話題の爪にやさしいマニュキュア「胡粉ネイル」を作っているのはご存知ですか?そこで私たちは胡粉ネイルの生みの親、上羽絵惣の十代目 石田結実さんにお話を伺いました。

 

上羽絵惣は1751年に街角の絵具商として始まりました。それ以来ずっと顔料絵具を取り扱っています。今でも主力の商品は絵具で、伝統工芸品などにも使用されているそうです。中でも取り扱いが多いのが「胡粉」です。

 

胡粉ネイルの「胡粉」は原料となる貝をきめ細かく粉状にしたもので、その白さを活かして紙や木の下地であったり、白絵具としてお雛様の白い顔などに使われています。

 

白は混色に使われるので、胡粉も必然的にたくさん必要になります。現在、上羽絵惣は北海道の天然ホタテにこだわって胡粉を作っています。

 

 

その胡粉をネイルとして商品化した背景には、石田さんのたゆまぬ努力と数々の巡り合わせが存在していました。いきさつは先代のお父様が2005年に脳内出血で倒れられたこと。バブル期には9代目として絵画などに投資をしていたお父様ですが、バブルが崩壊し、娘である石田さんが京都に戻ってきたときにはお店は3億円の赤字を抱えていました。

 

当時、日本画などに使われていた顔料絵具も需要が低迷し、自転車操業のような状態の中で、少しずついらないものを切り売りし、それでも厳しい状態でこのままでは続けていくことも難しく、伝統ある上羽絵惣を存続するために何をすればいいのか、石田さんは考え始めました。

 

日本最古の絵具商として、色を守っていかなければならない。京都の古い彩り、自然の彩りなど、ひとつの文化に貢献してきた中で、自分たちが廃業してしまうことで、昔から伝えられてきた美しい色が失われてしまう。これからも社会に貢献していかなければ、と石田さんはひしひしとその想いを噛みしめます。

 

ここから伝統の色を守る石田さんの旅が始まります。まずは自分の肌で現状を感じ取るために、業界内外のいろいろな人に会って、自分のお店を俯瞰の目で見ることにしました。胡粉ネイルが誕生する2010年までの5年間、市場の動向を把握して、自分たちには何ができるのか、俯瞰の目を持って考えてきました。

 

そんな中で200年続く企業はすごいと言われてきて、自分たちがここまでこの商売を続けてこられたのは、お客さまに喜んでもらえる商品を提供し続けてきたから。代々受け継がれてきた商人として、「お客さまに喜んでもらってなんぼのものじゃ」という気持ちに気付きます。

 

また、色をつかさどるということは、芸術をつかさどること。どんな人にもお洋服や化粧品を新しく買ったら嬉しくなる。それらもすべてアートであり、人はみな芸術家なのだ。私たちはすべての芸術家に色を提供することができるのだ、と石田さんは思い至ったそうです。

 

そこで注目したのが、いろいろな企業が参入し拡大を続けている化粧品市場。とくにネイルは流行の真っただ中、そう、爪は小さなキャンバスだったのです。

 

 

 

しかし、ただネイルを開発するだけでは意味がない。もっと人を喜ばせる商品でなければいけないと考えた時に、ラジオでたまたま耳にした、ホタテ塗料で女子高生がネイルを開発したというニュース。匂いのしないネイルがあったら喜ぶ人がいる。それがまさに看板商品である胡粉。これだ!と石田さんはひらめきます。

 

そして同時に、世の中には肌が弱かったり、いろいろな理由でネイルを楽しめない人がいることを知りました。それならば、自分が作るマニュキアは爪にも優しいものにしようと決意します。

 

この着想から開発に1年、色の定着に試行錯誤し、初めは透明色から売り出しました。

 

260年も経つ京都の絵具屋さん、というところに興味を持つ人も多く、またそれがさらに人に優しく、色の名前も日本の伝統色にこだわったりと、様々なストーリー性を持った胡粉ネイルは瞬く間に話題となりました。

「このネイルのパッケージは胡粉のパッケージなんです。明治維新の時に先代の6代目が考えたもので。西洋文化が入ってきて、日本文化も西洋化しつつある中でアールデコに影響されて、ラベルを作ったんです」

 

 

「それが文明開化の彩りを残してくれている。胡粉ネイルの登場は女性の新たなる文明開化だと思うんです、マニュキュアをできて、マニュキュアをできない方がいるのは、女性として平等でない。女性が彩りとともに世の中で活躍するお手伝いできる。これが女性の新たなる文明開化として掲げました」

 

石田さんはそう語ってくれました。ネイルを売っていく中で、50カ所のがんセンターに胡粉ネイルを置いてもらっていることを知ったそうです。

 

最初に看護師さんが見つけてくれて、これは患者さんにもいいのではないかと使い始めたのがきっかけで、闘病生活やいろいろな副作用に悩まされ、メイクアップには縁遠かった患者さんたちは「自分にもおしゃれができるんだ」「自分はまだ女なんだ」と、石田さんに感謝の気持ちを伝えてくださいました。

 

「自分は色を誕生させるために生まれたのだと気付かされました」と石田さん。マニュキアにとどまらず、色が人を癒し、感動させるのなら、この素晴らしさを少しでも現代社会の日本の方に伝えたいという想いが強まります。

 

平安時代から自然の色味は愛でられてきて、着物の重ねの色合いを楽しんだり、日ごとに変わる色彩を自らの衣装に反映して、それで教養が見られる時代でした。その頃からの色の名前が日本には受け継がれていて、脈々と私たちのDNAに息づいています。

 

それでも、今の時代は昔よりも感性不足になっていると思うんです、と石田さん。情報がありすぎて、流されている人もいるし、自分の本当というのがどこにあるのかわからない人も多いと感じているそうです。自分がどうありたいのかを失っている若い人も多いと。

 

だからこそ、色彩文化を伝えていく、伝統色にこだわらずとも、日本の色彩を感じ取る力、感性を高めるお手伝いとしたい、と語ってくださいました。

 

人を豊かにする、心を豊かにしてもらうことが目標、と石田さん。人の笑顔が大好きで、人を喜ばせてエネルギーをもらっているので、素直に、裏表なしに生きていきたいと思っていますと、さわやかな笑顔でお話ししてくださいました。

 

新しいお洋服を買った時、いつもとは違うメイクをしてみた時、心のどこかがふわっと浮きたつのを感じます。それは「色」の持つ力なのかもしれませんね。これからも自分の中の色を増やしていくことで、ちょっぴり豊かになれるのではないかなと、そんな気持ちにさせられた今回のお話でした。

 

記事は掲載当時のものです。