「麹は生き物」 明治創業 123年にわたり昔ながらの伝統製法で麹をつくり続ける

中村屋麹店

 

静岡県の三島と沼津の間あたりに位置する、柿田川の湧水に恵まれた清水町。そのきれいな水の恩恵もあり、江戸時代には醤油蔵、明治時代には麹屋が数多くあったのだとか。現在残る麹屋は数えるほどになっているなか、明治29(1896)年に創業し、123年にわたり麹をつくり続ける老舗を訪ねました。

 

中村屋麹店の商品

 

「麹(こうじ)って、今でこそ健康ブームで身体によい健康食品の代名詞的に言われているけど、“麹屋”って、一体何を売っていて、それで生計が成り立つんだろうか」。素朴で余計な???を抱えながら、駅から旧東海道を進んでいくと現れるのが123年続く「中村屋麹店」。

 

中村屋麹店の外観

 

瓦屋根をいただいた木造切妻造り、幾重にも続く格子窓、昔の擦りガラス・・・ 江戸か明治時代にタイプスリップしたかのような風情ある佇まいは、なんともいえない老舗の風格。ガラガラと引き戸を開けると、土間のようになっていて、店主の中村さんがこれ以上ないにこやかな笑顔で迎えてくれます。「あ~、よかった怖くない!」。店に掲げられた「米 生命之根源也」の書が、本質を極めた者だけが言える言葉のようで印象的です。

 

中村屋麹店の店内

 

「麹」とは簡単にいうと、味噌や醤油など発酵食品の元になる種(タネ)。今でこそ、 スーパーに行けばさまざまな味噌や醤油が並びますが、昔は米や麦の麹を買ってきて、大豆や塩などと混ぜて調味料をつくることも少なくなかったとのこと。昨今は健康ブームや 和食のよさの再認識で、麹を使って手づくりの味を楽しむ人も多くなりましたよね。

 

中村屋麹店の甘酒

 

中村屋麹店のファサード

 

そんな日本古来から伝わる、日本独自の万能調味料の種になる麹をつくっている中村さん。以前は東京の国立にお住まいで、テレビやアミューズメント施設などの造形物を制作。「ゆくゆくは、家を継ぐんだろうなぁ~という思いはあったのですが、父が急に他界し、2017年にこちらに戻って覚悟を決めたんです」。

 

中村屋麹店の内観

 

「いやぁ~、大変でしたよ。明治から続く麹屋ですよ。これを僕の代(5代目)で潰すわけにはいかない・・・ 子供のころから麹づくりは見ていましたが、そのノウハウは、父が急だったこともあり、あまり受け継げなかったんです。恥を忍んで同業者や取引先などから少しずつ知識やノウハウを得て、今やっと形になってきているところ。100年と2年じゃ、雲泥の差ですよ。まだまだこれからですね」。

 

中村屋麹店の麹

 

中村屋麹店の店主

 

協力しながら、試行錯誤を重ねて麹づくりを続ける中村夫妻。代々受け継がれた麹づくりは、機械に頼らない、今では数少ない木製の盆で麹を寝かせる麹蓋(こうじぶた・もろぶた)製法。3種の麹菌を使い分け、北海道産の大豆とよまさり、新潟産のコシヒカリ、沖縄の塩シママースなどと、国内産の材料にこだわり一切の妥協を許しません。

 

中村屋麹店のむろ

 

米や麦を水に浸すことから始まり、蒸す、麹菌を入れて混ぜる、温度30℃・湿度90%のコンクリート造りの“むろ”で18~20時間繁殖させる(寝かせる)、冷ますなどの工程を経て、4日間かけて麹は出来上がります。

 

伝統的な麹蓋製法

 

麹は生きている

 

「言葉にすると簡単ですが、これが一筋縄じゃいかないんです。“麹は生き物”ですから。“むろ”で繁殖し過ぎてもダメ、繁殖が少しでもダメ。最初のころはその感覚がつかめなくて、夜中でも3時間に1回は様子を見るようなこともありました。麹は本当に不思議で、その日の気温や湿度、天候などによって、その表情を大きく変えるんです」。木枠の麹蓋の中に手を入れると、麹菌が繁殖している証拠に、ほんわり温かいのにびっくり。

 

中村屋麹店の作業風景

 

中村屋麹店の金山寺みそ

 

丹精込めてつくられた麹は、1kg1000円。やや酸味があり、大豆の重層的なコクと旨味を感じる「金山寺みそ」は500円(250g)。甘酒は1000円(750g)。どこかに卸しているというわけではなく、ほとんどが個人のお客さん。麹と大豆、味噌がセットになった手作り味噌セットなども用意されています。常連さんになると、好みの米や麦を預けて、オーダーメイドで麹をつくってもらうことも。

 

中村屋麹店の麴など

 

和食には欠かせない旨味や甘味、酸味、塩味、苦味などの一端を担う種となる麹。昔ながらの製法を継承した、丹精込めた、力強い手作りの姿を見ることによって、改めて食の深さやおいしさの秘密を垣間見られたような気持ちになりました。

 

Photos:(C)tawawa

 

記事は取材当時のものです。